388.トムラウシ山(表大雪/2141.2M）
心身ともに限界までのロングアタックを敢えて選択し遥かなる山の高みへ
意欲的なプラン　雪を纏ったトムラウシ山は無雪期にも増して魅力的だ。ウペペサンケ山やオプタテシケ山から目にする光り輝くその姿は登頂意欲を刺激せずにはおかない。ただ、悲しいかな雪の時期は完璧に「遥かなる山」に変貌してしまう。最低でも1泊2日が基本だが、3月下旬ともなれば、天気や雪の状態も安定し、難易度は低下する。私でも何とかなるだろうとプランを組む。斜里岳山行に引き続き、今回も日帰り山行である。無謀とのそしりを免れないかもしれないが、ネット上では日帰りの記録も珍しくないし、「山と谷」の山行時間（8時間）からも、不可能な計画ではない。冬季の最短ルートといえども、沿面距離は往復25キロを超え、標高差は1500メートルもある。12時間前後のそれとなるので、前夜の内に登山口となるトムラウシ温泉に入り車中泊。翌朝3時前にスタートを切る。ユウトムラウシ川にかかる緑雲橋を渡り、ユウトムラウシ川二ノ沢沿いの林道に入る。左手樹間奥に見え隠れする灯‥。野営場のものと思われるが、ドキッとさせられる。尾根取付で試練　700メートルほど進んだ辺りで、左足元の流れをSBを利して対岸に渡る。少し急そうだが、白い斜面が上まで続いていそうなので取付く。積雪期に利用されている、所謂冬尾根末端である。ややアバウトだが、暗いので辺りの状況が把握できなかったことや、地形図では似たような傾斜表現との先入観があり、何処を登っても似たようなものとの意識があった。だが、これが全くの誤算で、上に行くほど尾根が細くなり、傾斜が強くなるのだ。加えて、暖気で雪はイヤラシイ付き方で、雪崩にも気を配りながらの登行となる。遂には、スキー登行が不可能となり、シートラを余儀なくされる始末。結局、尾根の背までの高度差100メートルに50分近くを要してしまう。今山行で最も苦労させられたシーンである。冬尾根に乗ってしまうと、幅広で緩やかな傾斜が続く。コンパスを北西方向に切り、取付のロスを取り戻すべくスピードアップを図る。ラッセルがほとんどないのは有難い。崩れたスキートレースに登山者の痕跡が。前週末辺りのものだろうか。圧巻のオプタテ　すでに冬眠から覚めたであろう羆対策の鈴が山中に響く。傾斜が強まりだすと尾根も細くなり、Co1154Pに至る。直下で、ニペソツ山の左から赤々とした朝日が上がる。Co1200まで上がると視界は一気に開ける。正面には夏尾根に伸びる尾根形状が、そして、左手には十勝連峰が望めるようになる。オプタテのあまりの大きさと白さに圧倒される。この辺りは平坦でテン場適地だが、安定した雪庇が豊富なので雪洞の方が快適だろう。強い風で波打つ雪面を越えてゆくと、尾根は次第に傾斜を増してくる。冬尾根派生点直下は特に急で、慎重にジグを切る。失敗すれば滑落は免れないからだ。雪の状態によっては雪崩の心配も。Co1470P辺りで夏尾根に乗る。そこは一転してたおやかなカンバ疎林が広がり、右には頂上部が抉られたような前トムラウシ山が現れる。振り返ればニペソツをはじめとする東大雪の山々が墨絵のようなスカイラインを形成する。テント設営跡を足元に見ながら尾根を北西方向に進むと、右奥に白いトムラウシ山が見えてくる。スキーデポ決断　青空とのコントラストが素晴らしい。Co1600あたりまで上がると、1898峰から前トム平、1738P、コマドリ沢など、カムイサンケナイ川源頭の全容が露わになる。真白なカール地形のようで、ジッとしていると吸い込まれそうな感覚にとらわれる。興奮を覚えずにはいられないロケーションだが、半ば氷化した雪面に手古摺るようになる。スキーアイゼンがあれば対応可能だが、シールでは歯が立たない。遂に、Co1650過ぎでスキーデポを決断する。頂稜基部付近まではスキー登行を前提としたプランだったので、影響は大きいが安全には代えられない。以降は、荷もアタック装備とし、アイゼン・ピッケル登行に切り替える。ルートは1794ポコを左上に見ながらカムイサンケナイ川源頭の湾曲した稜線を辿るもの。細くはないが、風が強いので煽られないよう気を使う。アップダウンもあるので、途中からは直下東面をトラバースし、鞍部から1898峰東尾根Co1830Pに上る。急斜面の縁を回り込むこのシーンは、ルート上、最もスリリングで、滑落や雪崩のリスクに常に晒されている。スキーでの移動は特に慎重さが求められるだろう。私ならシートラするが。新鮮な西側眺望　ただ、新たなアングルを得たことで、特に、尾根西側の眺望には新鮮味を感じる。無雪期では単なる台地地形の三川台や黄金ケ原、オプタテシケ・トムラウシ間の平凡な山並が意外なほど個性豊かに映るのだ。スキーデポ地から1898峰東尾根まで80分。ペースはまずまずだが、天気はやや陰りを見せ始めている。青空は範囲を狭め、オプタテも薄いベールを被っている。時折、雪も舞いだした。慎重な判断が求められるところだが、天気が急変するような兆候はない。遠かったトムラウシ山が眼前に大きく迫るが、頂稜との間には、筋状の起伏を持つ台地状の地形が横たわる。見るからに消耗しそうで、ピークは近そうで遠い印象である。タイムリミットは12時。登頂チャンスはそうたびたび訪れるものではない。とにかく、「行けるところまで行く」つもりでリスタートを切る。台地地形にはそこかしこに巨岩が鎮座し、トムラウシは真に岩山なのだと思う。右下にトムラウシ公園、背景には斜光を受け立体感を増したニペソツ山が。カメラにおさめたい絵だがそんな余裕はない。幸いなのは、ここに至るまでラッセルがないことで、アイゼンが心地良く軋む。頂上主は雪と風　頂稜基部Co1900Pでタイムリミットまで75分。頂稜に取付くと北西風は一段と強まり、それに抗して北斜上する。岩と岩の隙間にはビッシリと雪が詰り、岩には例外なくエビの尻尾が付着している。厳しい気象環境を物語る。麓は春の陽気に包まれているが、2000メートルを超える山岳高地はまだまだ冬で、勿論、私の装備は完全冬装備である。疲労困憊状態だが、ラスト100メートル（標高差）は西側から直登し、11時55分に頂上に飛び出す。山頂標識は露出しているが、ここでの主役はそれでも巨岩でもない。寒々とした景観の中で存在感を放つのは、紛れもなく雪であり風である。証拠写真を撮り、スベリ台と化した直下夏道から下山を開始する。視界でもなければルート選択に苦労するところだが、それは充分にある。直線的に1898峰の直下東（Co1830P）まで下がり、湾曲する尾根のアップダウンに耐えるとほどなくスキーデポ地で、ピークから90分は上出来である。もう、地形的な難所はなく、安堵感に包まれながら行動食を口にする。私の真骨頂発揮　20分ほどの休息の後、下降を再開するが、冬尾根分岐付近までは雪質はバリズボで全く滑りにならず、冬尾根もCo1154P付近までは中途半端に腐り、シュテムターンオンリー。尤も、これは登行時に予測していたことで想定内である。尾根が平坦になってもスキーの滑りは良くないが、直線的に降りるには適度な速度だ。ラストの課題は末端斜面のルートをどうするのか、ということだった。登行時に、南側に下がる造材道があるのを見ていたので、それを使って高度を下げる。結果、労することなく川岸まで降りる。締め括りは、1キロほどの全く穏やかな林道歩きで、トムラウシ温泉に戻りついたのが15時25分。私自身、日帰り山行時間の「12時間40分」は最長である。秀でたスタミナや技術がある訳でもなく、スローでも長時間粘り強く歩き続けるのが私の登山スタイル。その意味では真骨頂発揮の山行と言えるのかもしれない。ともあれ、悲願がまた一つ成就した。トムラウシの湯が疲れ切った身体を易しく癒してくれる。挫けそうな気持に耐えて頑張り抜いた自分への御褒美としてはささやか過ぎるというものだろう。 ★冬尾根への取付ポイントについて、帰宅後にGPSトラックデータを検証してみると、全体としては浅い沢形を上ったことを示している。尾根末端の全体像をある程度把握できる状況なら、あり得ないルート選択である。夜間登行のリスクが露わになった感じもあるが、それよりも、事前の読図に不充分さがあったことが悔やまれる。今次山行中、唯一のミスで、事故に至らず幸運だった。


ニペソツご来光	Co1200付近

左にオプタテ	辿りし平坦尾根

前トムラウシ山	ニペソツ遠望

十勝～オプタテ	トムラウシ山

石狩連峰	1898とトムラ

源頭稜線①	源頭稜線②

源頭カール	辿りし源頭稜線

十勝連峰	三川台方向

西側眺望①	西側眺望②

トムラウシ山	台地から東望①

トムラウシ公園	台地から東望②

台地の奇岩	基部からトムラ

山頂標識	トムラウシ南峰

エビの尻尾	直下夏道

ユウトムラウシ	GPSトラック

コースタイム
トムラウシ温泉	2:45
冬尾根Co1154P	5:50
夏尾根Co1470P	7:25
スキーデポ地	8:40
Co1898直下東	10:05
頂上基部	10:45
トムラウシ山	11:55
所要時間	9:10
トムラウシ山	12:00
スキーデポ地	13:30 13:50
冬尾根Co1154P	14:15
トムラウシ温泉	15:25
所要時間	3:25




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