444.前天狗岳(東大雪/1870M）
タフなクラシックコースは忍耐の登行から終盤に歓喜の大眺望を得る
刺激的な情報が　沢登りシーズンが終了すると何もしないまま雪山シーズンを迎えるというのがこれまでのパターン。この流れを断ち切り、もう少しコンスタントに山へ向かいたいのだが中々難しい。そんな折も折、ニペソツ山へ通じる「幌加温泉コース」の登山道整備が完了したとの情報を得る。このコース、登山ガイドに掲載されてはいるが、杉沢コースに比べると人気薄で入山者も少なく、近年荒廃が進んでいたようだ。私自身、ダラダラ感を払拭するには充分に刺激的な情報で、俄然、登行意欲が湧いてくる。コース状況を確かめるべく歩いてみることにした。幌加温泉手前で右の林道に入り200メートルほど行くとゲートがある。施錠はされていないが「通行止」の表示があり、側の広場に車を置き歩き出す。思ったより寒く、山中には風音も響く。約2キロ・30分ほどで林道は終点となるが、通行止の理由が見当たらないほど状態の良い林道である。「登山者に開放するなど論外」と言った林野庁の声が聞こえてきそうだ。コースはおおむね音更川支流ユウンナイ川沿いに伸びていて、荒廃した造材道が登路になったりもする。地形は少しゴチャついていて、登山道も細かく蛇行を繰り返す。数箇所、右からの小沢を渡渉もするが、靴底を濡らす程度だ。コースサインは丁寧すぎるほど付けられていて、時折現れる古ぼけた標識がコースの歴史を物語る。Co840屈曲点付近の標識にはニペソツまで9キロとあり、長大なコースを思い知る。ここまでは総じて歩きやすく、ウエアを汚すこともない。ただ、Co900付近から雪が現れる。当然、予想はしていたもののやや、早過ぎる感は否めない。Co1030付近で沢を離れ、左手の尾根に取付く。この辺りから登山道は冠雪する。積雪5センチ程度で、踏みしめながら歩くといった感じだが、地面を歩くことに比べるとやはり歩きずらい。新たなニペ発見　100メートルほどの急登に耐え、ラストは左、右と斜上すると、傾斜はほとんどなくなる。と、突然、左手に薄氷を張った可愛い沼が出現する。少し行くと、倍はありそうな沼でこちらが三条沼だ。変化のないコースの中ではオアシス的な存在で、癒し度満点である。残念ながら、飲料には適さないらしいが、獣たちには格好の水場に違いない。三条沼を過ぎるとコースは南西から北西に90度進行方向を変える。ようやく、尾根の背に乗ったことになり、左足元には幌加川三の沢川（右沢）が突き上げる。登山道をふさぐ巨木の根を回り込むと、再び急登が始まる。苦しいところだが、左後方樹間にウペペサンケ山が遠望できるのは励みになる。固定ロープの助けも借りながら緩斜面まで上がると、針葉樹の森が広がる。どこを見ても同じような景色が広がり、コースサインでもなければ迷いそうだ。歩くこと40分ほど。ようやく、針葉樹の森を抜け出る。まるで線で区切ったような植生の変化である。広葉樹の疎林が広がり、ここからが幌加温泉コースの見所である。通称「シャクナゲ尾根」と呼ばれているらしいが、とにかく眺望が素晴らしいのだ。左にはウペペサンケ、背後には西クマネシリとピリベツが望めるようになる。眺望は良くなるが、雪は深くなり、いよいよラッセルとなる。10分も上がると、尾根は細くなり、左側（南側）は崕状に切れ落ちる。地形図に崕マークがあるCo1540が最初のビューポイントである。左方向には幌加川の源頭域が広がり、それを取り囲むように、ウペペサンケ山からの主稜が伸びる。最奥、中央には盟主ニペソツ山が新雪期の凛とした姿を見せ、東隣の天狗岳も独立峰としての存在感を放つ。勿論、初アングルで、特に、東面の全容を露わにするニペソツ山が目を引き付けて離さない。幾筋ものルンゼ地形と抉り取られたような中央基部地形が険しさを象徴し、ゆったり裾野を広げるさまは雄大な山という印象を受ける。後者の感覚は新たな発見で、視点を変えれば違ったものが見えてくるということだろう。これを目にしただけで、正直、「ここから下山してもいい」という気持ちになったくらいである。前天狗に迫るも　写真を10カットほど撮りリスタートを切る。1662峰に向けて黙々と細尾根を登る。この辺り、笹が刈られ、随所に切り込みが入っているものの、傾斜があり雪も深いのでペースは上がらない。特に、登山道を覆うハイマツの処理は結構消耗する。何しろ、上に雪が乗っているので強行突破もリスクがあるのだ。ストックで雪を落として中を潜ったり、時には上を漕いだり迂回したりする。ビューポイントから40分ほどかけて1662峰のピークに達する。テント一張分くらいの平坦地で暫しまったりする。風もなく、驚くほどの穏かさが嬉しい。前述の眺望に、クマネシリ山塊や石狩連峰、背後の糠平湖が加わる。そして、正面には前天狗が大きな山容を見せる。その稜線を北に辿ってゆくと小天狗で、杉沢コースの岩場も明瞭に確認できる。ここもまた絶景ポイントである。スタート時は「前天狗まで5時間もあれば」と考えていたが、ここまで4時間を要しており、この先、前天狗まで1時間で上がるのは難しい。想像以上に体力を消耗しており、下山も一筋縄ではいきそうにない。ということで、11時を目途に上がれるところまで上がるタイムリミット登山に切り替える。ここからは前天狗との鞍部まで一旦高度を30メートルほど下げるが、ハイマツを漕ぐようなシーンが続き、何度も頭から雪をかぶる。コルからは、左下の沢筋にコースが伸びているのだが、そのポイントを見失い若干のタイムロス。そのまま尾根を上がってもよかったのだが、ハイマツの海状態なので断念する。もう少し雪が被っていればそれもアリだったと思う。沢に降り立ったところにコースサインがあったが、それ以降はないので、コンパス切って適当に上がってゆくと雪に埋もれロープ場に行き着く。藪を避けつつ高度を上げてゆく。絵的には、端正な1662峰と糠平湖の取り合わせが面白い。Co1730でタイムリミットを過ぎてしまう。前天狗まで残り140メートルほどなので1時間弱で上がれるはずである。最後を詰め切れない無念さは残るが、幌加温泉コースの核心部は踏破できたので良しとしよう。優先すべきは余裕を持った下山である。写真狙いの山泊　ロープ場まで降りると、下に登山者を見る。誰も来ないだろうと思っていたので、驚いてしまった。若い登山者で、私が下山することを伝えると、迷いを振り払うかのように「行ってみます」と登っていった。羨ましいほどの若さに半ば嫉妬しつつ、下降を再開する。彼は私のトレースを忠実に辿ったようで、私がルート探索で右往左往した場所では、同じような足取りを刻んでいる。苦笑しながら沢筋を抜け出し、1662峰への登りにかかる。トレースとは有難きもので、苦戦必至と思われたハイマツ帯の登りだが、意外とスンナリ上がることができた。ここでショートランチを摂りながら大眺望を目に焼き付ける。前述の単独者は前天の稜線直下に迫ったようだ。ルートはやや右側からで、地形図記載のコースにそっている。厳冬期なら雪庇の張り出しや雪崩不安もあり、弱点はないが、今の時期なら、中央から左に斜上しダイレクトに前天狗に上がるルートもありそうだ。シャクナゲ尾根を下り、ビューポイントで眺望に別れを告げる。厳冬期、ここで撮影目的のテント泊もいいなどと思う。樹林帯の下りに入ると、女性を先頭に重装備のパーティが登ってくる。テン場をどこにするか決めかねていたようで、1662峰で2張は厳しいこと、沢筋まで降りると、やや傾斜はあるが何とかなりそう、と伝える。時間的には前天狗まで届きそうだが、そこまで無理したくないらしい。針葉樹林帯を30分で抜け出し、三条沼まで一気に下る。緊張感から解放された気分に包まれながら、沢沿いの道を降りてゆく。朝とは違い、初冬の優し気な日差しが何とも心地よい。林道まで降りてしまうと、30分のクールダウンで登山口となる。結果論だが、もう1時間はアタック出来たようで少し悔しい。下山後は野趣溢れる幌加温泉で汗を流す。10数年前と変わらぬ佇まいで、タイムスリップしたような錯覚に陥ったものである。さて、幌加温泉コースについてだが、今回の撤退点まで沿面距離は片道10キロほどで、3分の2は展望のきかない樹林帯が登路となる。しかし、忍耐の山歩きは終盤、シャクナゲ尾根で報われる。得難い大眺望に歓声を上げながらの登行となるからだ。長く、クラシックコースゆえのタフさは求められるが、味わい深いルートでもある。是非、一度は歩いて欲しいものだ。最後に、このロングコースの整備に尽力された関係者の皆さんの努力に敬意を表する。


林道終点	古びた標識

Co980付近	往路の三条沼

針葉樹林帯	Co1530付近

樹間から山並	雄大なニペソツ

ニペと天狗	ニペソツ山

ウペペサンケ①	クマネシリ山塊

1662への登り	前天狗

天狗平付近	石狩連峰

小天狗方向	丸山と東丸山

ニペと天狗⑤	コルから1662

沢床付近	1662と糠平湖

前天狗1650	ロープ場

ウペペサンケ②	帰路のニペ天狗

帰路の三条沼	GPSトラック

コースタイム
林道ゲート	5:30
三条沼	7:10
1662峰	9:35
撤退点(Co1730)	11:05
所要時間	5:35
撤退点(Co1730)	11:10
1662峰	11:45 12:05
三条沼	13:15
林道ゲート	14:50
所要時間	3:40

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